読書メモ:『哲学的な何か、あと科学とか』
「この図形が二等辺三角形であることを証明せよ」というようなテストの問題に、「見ればわかる」と解答するぐらい、わたしは数学が嫌いです。
上の解答だけみると、性格に難があるように見えるけれど、自分のそういうところも少し影響しているのかもしれない。
数学の前の、算数だった頃からずっと嫌い。
最初につまずいた記憶があるのは、繰り下がりの算数。
あまりにも分からなくてパニックになり、とにかく大きい数字から小さい数字を引くという大胆な手段に出て、テストで0点を取った。
それを母に見せたら、「どうなってるのか分からないけど、ある意味天才!」と笑われたような気がする。
これは今にも影響してて、繰り下がりになると暗算は出来ないし、筆算をするときは必ず小さく数字を書いておかないと分からなくなる。
割合の計算も苦手で、一生懸命覚えた「くもわ」が、今はもう何のことを言っているのかさっぱり分からない。
計算式が出てくる理科も当然苦手。ただ暗記すればいい電子の配置とか、生物はいいけれど、それ以外の理数系がとことんダメ。
今まで生きてきて何回か「この式、キレイだと思わない?」「クイズだと思えば楽しくない?」と聞かれたことがある。
わたしは、ただの数字と記号の羅列を見て、「キレイ」と思うその気持ちが分からないし、問題を解く前に式を覚えなきゃいけないクイズなんて、少しも楽しくない。
「答えは一つしかない」と言っておきながら、一つじゃないときもある。
数学の、押し付けがましいところが嫌い。
「実在はしないけれど、とにかくそれを『i』として計算します。愛はウソなんだね、アハハ」
いやいや。
存在しない数字がなぜ計算に出てくる?
なぜと聞いても、「そういうものだから!」の一点張りで、答えを求めてくる割にそういうところは答えてくれない。
そんな不確かなものを受け入れて、答えを求めなければならない理由が分からなかった。
そんな数学アレルギーのわたしに、気持ちの折り合いをつけさせてくれた本が、『哲学的な何か、あと科学とか』です。
もともと哲学に興味があって、同じ著者の『史上最強の哲学入門』を読んだことがきっかけでこの本を手に取ったのですが、飲茶さんの説明が分かりやすい。
何かを解説してくれる本は、ただ文字をさらっと読むことはできても、何回か読み直さないと理解できないことが多いけれど、飲茶さんはとにかく噛み砕いて分かりやすく説明してくれるので、突っかかることなくするする読めて、読み直さなくても理解できる。
そして、意見を押し付けてこない。
科学や数学は、絶対に揺るぎのない、正しいものだと心のどこかで決めつけていて、そう思っているのに「いや実在はしないんだけどね」と言われて、無意識のうちに違和感を感じていたんだな、ということに気付かされた。
そもそもよく考えたら、人間がこの世の全てを理解して、絶対的な正しさを導き出せるはずがない。
「これはこうかな」「いやこうだ」と考えて、実験して、それでも分からないことは「きっとこういうことでしょう!」と進めていくしかなくて、いくら頑張っても人間が分からないような、見えない、観測できないことを証明することはできない。
そりゃ、「ないけどある」と言うしかないよな。
科学や数学は絶対的に正しいものだと、思い込んでいたわたしも悪かった、ごめんよ。
と勝手に仲直りした気持ちになりました。
この世は分からないことだらけで、それを分からないままで終わらせず、知ろうとする人たちの熱意はすごい。
わたしはそこまでの熱意を持ったことがないので、純粋に尊敬してしまう。
この本を読んだだけで、すべてを理解した気になるのは危ういけれど、わたしと同じように数学アレルギーの苦手意識を持っている人には、ちょうど良い緩和剤になると思います。
上にちょっと出てきた『史上最強の哲学入門』も面白いのでめっっっっっっちゃくちゃおすすめです。
この本についてもいつか書きたい……